大施食会(だいせじきえ)
「方丈(ほうじょう)さん、方丈さん、ちょっとお話しを聞きたいのだけど、お願いできますか?」
「やあ、太郎くん、ひさしぶりだね。今日はなんだい?」
「小学校の課外授業で、いろんな仕事をしている人から、何でもいいから話を聞いてくる、という課題が出されたんです。お母さんと相談したら、そしたら方丈さんにお話しを聞いたらいいじゃない、っていうので、来たんだけど、いいですか?」
「そりゃ、いいよ。何でも聞いてごらん。で、何を話せばいいんだい?」
「僕ね、おじいちゃんとおばあちゃんといっしょに、何度もお寺のいろんな行事に来ているんだけど、それが何なのか、わからないんです。だから、いろんな行事が、どんな行事なのかを教えて欲しいんです」
「そうだね。お寺の行事って、何のためにやっているかわかりにくいからね。大人でも知らないで、参加する人もけっこういるんだよ。それなのに、太郎くんは偉いな」
「へへっ」
「そうだな、何から話したらいいかな。そうだな、そろそろ大施食会が始まるから、それから話そう」
「は~い」。
餓鬼のために供養をする施食会(せじきえ)
「今度な、7月の20日に、大施食会というのをやるんだけどな。去年、太郎くんも来ただろ。うちの曹洞宗という宗派では、昔はお施餓鬼(せがき)と言ったんだけれども、今は施食会(せじきえ)と言うんだよ。ところで、餓鬼(がき)って知ってるかい?」
「よく近所のお兄さんに、このガキって怒られることがあるなあ」
「たしかに、子どものことをばかにして使うこともあるけどね。でも、ほんとうはね、欲深い生き方をしている人間が、生まれ変わって行くところが『餓鬼道』という場所なんだ。地獄って知っているだろう」
「悪いことをしたら行くところでしょ」
「そうそう。仏教ではね、人は生まれ変わって行く場所が、6つあるとされているんだよ。天界道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道って言ってね、餓鬼道は、地獄の次に恐ろしい場所なんだ。その餓鬼道っていう世界に生まれ変わったのが餓鬼っていうんだよ」
「そんなところには、生きたくな~い」
「太郎くんなら大丈夫。でもね、人間って、欲の深い生き物だから、ちょっと気を緩めると、餓鬼道に堕ちるようなことをしてしまうんだ」
「気をつけよ~っと」
「でも餓鬼だって、もともとは人間だから。そこで苦しんでいるのはかわいそうでしょ」
「うん」
「だから、餓鬼道にいる餓鬼たちが成仏できるように供養するのが、施食会なんだよ」
「そうなんだ」
阿難、餓鬼を救う
「もともとはね、この施食会は、お釈迦さまの弟子の阿難(あなん)さんのお話しが元になって、始まったんだよ。
ある時、阿難さんが静かな場所で、坐禅をしていると、焔口(えんく)という餓鬼が現れたんだ。
その餓鬼は阿難さんに、こう言うんだ。
『お前は三日後に死んで、私のように醜い餓鬼に生まれ変わるだろう』と。
阿難さんは、それは驚いて、どうしたらそれを避けることができるのかと、聞き返したんだよ。
すると、その餓鬼はこう言うんだ。
『我々、餓鬼道にいる者たちのために、たくさんのお供え施し、供養をすれば、おまえの寿命は伸びて、餓鬼道に堕ちる事は避けられるだろう』と。
でも阿難さんは、お金が無いから、たくさんのお供えをすることはできなかったんだ。
それでお釈迦さまに相談したんだ。
するとお釈迦さまは、こう答えたんだよ。
『一食分のお供えをして、観音さまから戴いたありがたい言葉を唱えなさい。そうしたら、そのお供えは、餓鬼道にいる者たちの腹を満たすほどの無限の食物になります。そうすれば餓鬼道にいる者たちは救われ、その功徳で、お前も救われるはずですよ』。
阿難さんは早速、お釈迦さまの言うとおりにしたんだ。
それで餓鬼道にいる人たちが救われ、阿難さんの寿命は延びたというわけさ。
私たちも阿難さんを見習って、こうした施しをするのが施食会なんだよ。
餓鬼道にいる人たちだって、もとは人間なんだから、私たちにできることがあれば、やってあげなければならない。
それが施食会なんだよ」
いのちの大切さを学ぶ法要
「苦しんでいる人たちを救うってことなんだね」
「そうそう、この世界でもね、あの世でもね、苦しんでいる人はたくさんいるんだよ。そうした人たちを救ってあげたい、という気持ちはとても大切なんだ。施食会は、いのちの大切さを学ぶ法要だと言ってもいいかな」
「いのちの大切さ?」
「この世界では、毎日、たくさんの人や生き物が死んでいるだろう。そうした者たちの中には、子孫がきちんと供養してくれる者もあれば、無縁となって、誰も供養してもらえない者もいるはずだろう。でもそうした者だって、ずっと苦しんでいて構わないってことはないだろう。どんな人でも救われなくちゃならない。だから、縁のある人も縁の無い人も平等に、慈悲の心をもって供養をするのが、施食会なんだよ。今度、施食会に来る時は、そうしたことを思いながら、手を合わせてね」
「うん、そうしてみるよ。大切な行事なんだね、施食会って」
「また聞きたいことがあったら、いつでもいらっしゃい」
「ありがとう、方丈さん。また来るね」