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瑩山禅師(けいざんぜんじ)

「ほうじょうさん、こんにちは」
「太郎くん、いらっしゃい。今日はどうした」
「うん、特に何も。家にいても退屈だから、散歩の途中」
「散歩か、えらいなあ。家でゲームをしているより、ずっといいぞ」
「ほうじょうさん、お母さんみたなこと言ってらあ」
「そうか、お母さんには、ゲームは駄目って言われているか」
「お母さん、うるさいんだ」
「そんなこと言っちゃ駄目だぞ。お母さんは太郎くんのことを思って言っているんだから」
「は~い、方丈さんに言われたら、しょうがないやあ」
「まあ、ちょっとこっちに来て、お菓子を食べていきなさい」
「ほうじょうさん、ありがとう」

総持寺の開祖

「太郎くん、この絵を見なさい。この人のこと、知っているかい」
「あ、この人。うちの仏壇にいるよ」
「そうかい、よく見ているね。そうそう、太郎くんの家の仏壇には、このお方の絵が掛け軸になっているね。この方は、瑩山禅師という偉いお坊さんなんだよ」
「へ~」
「総持寺ってお寺は知っているかい」
「うん、この間、お祖母ちゃんがお参りに行ってきたお寺でしょ」
「そうそう、お祖母ちゃんが、お寺の檀家さんみんなといっしょに、お参りしたお寺。横浜にあるんだよ」
「うん、お祖母ちゃん、帰りに中華街でお土産買って来てくれた」
「そうかい。瑩山禅師は、この総持寺を開かれたお方なんだ」
「へ~、横浜の人なんだ」
「ところがそうじゃないんだ。越前の国、今の石川県の人なんだよ。それにね、総持寺というのはね、昔は石川県にあったんだ。能登半島ってわかるかい」
「うん、日本海のほうだよね」
「そう。その能登半島の真ん中くらいにあったんだよ」
「へ~、今はじゃあなんで横浜にあるの」

横浜の鶴見

「百二十年くらい前、明治三十一年に、越前の国にあった総持寺が火事になっちゃんったんだよ。それで、再建することになったんだけど、せっかく建て替えるなら、これからの時代、日本の中心の東京の近くで活動した方がいいんじゃないかということで、横浜の鶴見というところに引っ越したんだよ」
「ふ~ん、お寺も引っ越すんだね」
「そうだなあ。お寺の引っ越しはめずらしいな。それで、この総持寺を開かれた瑩山禅師というお方は、今からだいたい七七五〇年くらい前の鎌倉時代に生まれた方なんだ。お母さんがとても熱心な、観音さまの信者さんだったらしいんだよ。それで、瑩山禅師も三歳の時に観音さまの前で手をあわせて『なむなむ』と唱えていたと言われているんだよ」
「ふ~ん」
「それで八歳の時に、お母さんに連れられて永平寺に行き、小僧さんになったんだ」
「へ~」

曹洞宗のもと

「大人になってからは、ますます活躍されて、特にたくさんのお弟子さんを育てたんだよ。当時では珍しく、女性にも門戸を開いて、女性のお弟子さんもたくさんいたらしいんだ。うちの宗派の曹洞宗では、曹洞宗を開かれた道元禅師を高祖として称えているんだけど、この瑩山禅師は曹洞宗の基盤をつくられた方として太祖と称えているんだよ。このお二人が、曹洞宗のもとをつくったと言っても過言では無いなあ」
「すごい人なんだね」
「そうそう、すごいお方。そして五十八歳の時に総持寺を開かれたんだ」
「こんど、おうちで仏壇に手を合わせる時には、瑩山禅師にも手をあわせるようにするよ」
「そうそう、きっと仏壇の中のお祖父ちゃんもよろこぶぞ」
「うん、ほうじょうさん、ありがとう」
「うん、また来なさい。お祖母ちゃんによろしくな」
「うん、さようなら」
「さようなら」

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