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嘘も方便

 「嘘も方便」という言葉を聞いたことのある人は多いでしょう。
 目的を達するためには、嘘が必要なこともあるという意味の言葉です。もちろん、目的のためならどんな嘘をついてもいい、ということではありません。
 方便という言葉は仏教語です。もともとはインドの古代語であるサンスクリット語の「ウパーヤ」を翻訳したもので、近づく、到達する、という意味があります。仏教では、人々を救いに導くための手段として使われる言葉です。
 法華経という有名なお経がありますが、その中に譬喩品(ひゆぼん)という章があります。その譬喩品の中に、「火宅の喩(たと)え」という物語が語れています。

 あるところに、大金持ちの長者が住んでいました。その長者は、大邸宅を持ち、数え切れない程の召使いをかかえていました。
 ある時、その大邸宅の中で、火事がおこりました。火事はどんどん燃え広がり、家全体に燃え広がろうとしています。長者は火事を見て、恐れおののきます。「たいへんだ、早く逃げなければ」と。
 長者には、三十人の子どもがありました。長者は、子ども達に向かって、大声で叫びます。
「おまえたち、火事が家を燃やそうとしている。早く、そこから逃げなさい」
しかし子ども達は、その声を聞こうとしません。遊びに夢中で、父親の声が入ってこないのです。
「もう家は焼け落ちそうだ。すぐに子ども達を、外に出さないと、みな焼け死んでしまう。どうしたらいいだろう」
長者は、途方に暮れてしまいますが、ふと、いい考えを思いつき、子ども達に向かってこう言いました。
「おおい、おまえ達が前から欲しがっていたオモチャをあげるよ。門の外に、羊の車、鹿の車、牛の車がおいてある。そこに、おまえ達の欲しがっていたオモチャがたくさん入っている。それを全部あげるから、今すぐに出てきなさい」
すると子ども達は、大喜びして、門の外に出ようとします。こうして、全員が無事、門の外に出ることができました。家は火事で焼けてしまいましたが、子ども達は無事です。こうせいて長者は、心のここから安心したのでした。

 長者が子ども達に、「門の外に、羊の車、鹿の車、牛の車がおいてある。そこに、おまえ達の欲しがっていたオモチャがたくさん入っている」と言ったのは、嘘でした。
 ところがその嘘は、子ども達を救うためについた嘘なのです。この緊急事態では、嘘無しには子ども達救うことはできなかったでしょう。
 これが仏教で言うところの方便です。方便を使うことができるのは、人を救う時や悟りを得る時だけです。どんな時でも方便を使っていいわけではないのです。

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