永平寺(えいへいじ)
「方丈さん、こんにちは!」
「太郎くん、こんにちは。暑いね、のど渇いてないかい?」
「うん、のど、からっから」
「そうか、こっちに来なさい。氷の入ったカルピスでも入れてあげよう」
「ありがとう。方丈さん、このポスターのお寺、どこにあるの?」
「これかい、これは永平寺というお寺でな、福井県にあるんだよ」
「えーへーじ? 福井県ってどこ?」
ふたつの本山
「そうだな、福井はちょっとわかりにくいな。琵琶湖はわかるかい? 琵琶湖があるのが滋賀県で、そのちょっと上にあるのが福井県。日本海側だな」
「ふ~ん、だいたいはわかったような気がする」
「永平寺は、おっきなお寺なんだぞう。でもな、雪がたくさん降るところで、冬はとってもたいへんなんだ」
「そんなに?」
「この永平寺、うちのお寺のお父さんみたいなもんなだ」
「おとうさん?」
「ここのお寺はな、曹洞宗といって、坐禅をする禅宗に属しているんだ。その曹洞宗の本山、つまり、曹洞宗の中心のひとつが永平寺なんだよ」
「中心のひとつ?」
「そう、実は曹洞宗には、本山が二つあってね。太郎くんも行ったことあるだろう、横浜の総持寺」
「そーじじ、行ったことある」
「そう、その総持寺と永平寺のふたつが両大本山と行って、曹洞宗のふたつの中心なんだよ」
「ふたつ中心があるんだね」
道元さんが開いたお寺
「そうそう。前に太郎くんに話したと思うけど、道元さんって覚えているかい?」
「どーげんさん、うん、覚えているよ」
「その道元さんが、今から八百年くらい前に開いたお寺、つまり、つくったお寺なんだよ」
「八百年前?」
「そうそう。もともと道元さんは、比叡山といって、その頃の日本仏教の中心的な場所で修行していたんだけど、どうも道元さんの求めるものが無かったらしくて、京都の建仁寺ってところに行くんだよ。でも、やっぱりそこでも満足できなかったんだろうね。中国に行って仏教を学ぶんだ」
「中国に行ったんだ?」
「その頃の中国は、それは遠い国だぞ。今みたいに飛行機は無いからな。船もエンジンがついているわけじゃないしな。命がけで何十日もかけて中国にわたった道元さんは、そこで如浄(にょじょう)さんという、とてもすばらしい先生と出会うこともができたんだ。道元さんは、その先生のもとで修行して、教えを受け継いだんだよ。道元さん、中国で四年間過ごして、日本に戻ってくるんだ」
「また船で戻ってきたの?」
「船しか無いからな。でも、日本に戻ってきて、京都で中国で学んだ仏教を広めようとすると、比叡山のお坊さんたちから意地悪されるようになったんだ」
「お坊さんが意地悪するの?」
「そういう時代だったんだな。それで道元さんは、京都を離れて、越前国、今の福井県に移って、永平寺を開くんだよ」
「道元さん、たいへんだったんだね。すごいね」
「道元さんは、永平寺で弟子たちとともに、修行を続けるんだよ。そして道元さんが亡くなっても、その弟子たちが受け継ぎ、さらにその弟子たちが受け継ぎ、八百年が過ぎた現代まで続いているというわけだ」
たくさんのお坊さんが修行をする場所
「曹洞宗のお坊さんは、みんな何年か、本山とか専門僧堂で修行するんだけど、永平寺と総持寺は、特に修行僧が多いんだよ」
「何年も?」
「そうだよ、ずっと、お寺に籠もって修行しているんだ。永平寺は、よくテレビなんかに出てくるけど、若いお坊さんたちが、雪景色の中、裸足で掃除していたり、朝早くから坐禅をしていたりしているのを見たことないかい?」
「う~ん」
「そうだな、見ても、覚えていないかもしれないな。とにかく、とてもたくさんのお坊さんが修行をしているんだ。暑くても寒くても。それは、みんな、少しでも道元さんに近づきたいと思って頑張っているんだよ」
「みんな、道元さんが好きなんだね」
「そうだな、みんな好きなのかもしれないな。いつか、太郎くんも、いっしょに永平寺に行こうな」
「え~、修行はやだよ~」
「ははは、だいじょうぶ。そんな、無理矢理修行をさせるようなことはしないから」
「ふ~、それならいいや。美味しいもの食べられる?」
「そうだな、ごま豆腐が美味しいぞ」
「ごま豆腐って、どんなものなの?」
「まあ、ごまの味のした豆腐だよ。美味しいぞ。今度、買ってきて、太郎くんに食べさせてあげるよ」
「ありがとう、方丈さん」
「太郎くん、帰る前に、麦茶でも飲んで行きなさい。暑いから、熱中症にならないようにな」
「ありがとう。また来るね、方丈さん」
「うん、また来なさい。お祖母ちゃんによろしくな」
「うん、さよなら」
「さよなら」