袈裟(けさ)
「太郎くん、今日はどうしたんだい!」
「方丈さん、こんにちは。これから塾に行くんだ。先週から通っているの。ちょっと早く家を出ちゃったから、お寺に寄り道」
「寄り道でも、お寺に寄ってくれて、うれしいよ。仏さんとお祖父ちゃんに、ご挨拶したかい?」
「お祖父ちゃんにはまだ。これから行こうかなと思っていたとこ」
「うん、忘れずにな」
「方丈さん、そのエプロンみたいのって、何?」
「エプロン? ああ、この絡子(らくす)のことかい? はははは、こりゃ、エプロンに見えなくもないな」
袈裟・絡子
「方丈さん、笑いすぎ」
「すまんすまん、これは袈裟(けさ)の一種で、絡子と言うんだよ」
「らくす? けさ?」
「そうだな、袈裟も何だかわからないよな。袈裟っているのは、お坊さんの衣装のことなんだよ」
「お坊さんの衣装」
「先週、太郎くんも、お彼岸の法要に着たろう? その時、私が、黄土色(おうどいろ)の布を肩からかけていたのを、憶えているかい?」
「黄土色の布?」
木欄色(もくらんいろ)
「そうだよね、憶えていないよね。禅宗のお坊さんが、黒い衣の上につける、黄土色、本当は木欄色(もくらんいろ)と言うんだけど、黄土色の布のことを袈裟って言うんだよ」 「へ~、そういえば。何かを肩からかけていたような気がする」
「そうそう、肩からかけるのが袈裟。今、太郎くんがカバンを肩から斜めにかけているだろう。そういうカバンのかけかたを『袈裟懸け』って言うんだぞ。それは、お坊さんが肩から斜めに袈裟をかけていることからできた言葉なんだ」
「へ~、袈裟懸け、なんか聞いたことがあるような気がする」 「昔、インドのマガダ国というところの王様が、道ばたで、お坊さんを見かけて手をあわせたんだけど、それがお釈迦さまのお弟子さんだと思ったら、違う教えのお坊さんだった、ということがあったんだ。それで王様は、お釈迦さまのお弟子さんと違う教えのお坊さんを間違えないように、仏教のお坊さんには袈裟を着るように命じたというのが、袈裟の始まりだったんだよ」
「ふ~ん、じゃあお坊さんの制服みたいなものだね」
「まあ、そうともいえるな。それで袈裟はな、別名、糞掃衣(ふんぞうえ)とも言われるんだ」
「ふんぞーえ?」
「そう、糞掃衣。糞を掃く衣、って書くんだぞ」
「糞って、うんちのこと?」
「そう、うんち」
「え~!?」
インドのお坊さん
「二千五百年以上前のインドのお坊さんは、財産になるようなものを持たなかったので、そこいらへんに落ちている布の切れ端を集めて、それを縫い合わせて一枚の布にして着ていたらしいんだ。落ちている布は、糞を掃くのに使ったような粗末な布だから、糞掃衣と言ったんだ」
「だから、ふんぞーえ?」
「そう。この絡子をごらん。これも、小さな布で縫い合わせているだろう。お坊さんは、何千年も、こうした縫い合わせた袈裟をつけてるんだ」
「そうなんだ、何千年も変わらないんだね」
「これ、よく見てごらん。縫い合わせたところ、なんだか田んぼみたいに見えないかい」
「田んぼ? うん、言われてみれば、見える」
「そうだろう。だから、これを福田衣(ふくでんえ)とも言うこともあるんだよ。福の田んぼの衣」
福田衣(ふくでんえ)
「田んぼの衣」 「そうそう、田んぼ。袈裟もいろんな呼び名があるんだよ。それで、このエプロンみたいなの・・・」
「方丈さん、ごめんなさい。エプロンって言って」
「あははは、いいんだよ。これは絡子って言って、袈裟を簡略にしたものなんだ。正式の袈裟は、つけていると動きにくいからね。だから、普段は絡子をつけていることのほうが多いんだ」 「そうなんだ」
「太郎くん、塾のほうは大丈夫かい?」
「あ、忘れるところだった。方丈さん、ありがとう。また来るね」
「お祖父ちゃんのお墓に、挨拶を忘れないようにね」
「うん、それじゃあね」
「塾、頑張っていってらっしゃい」
「ありがとう」