過去帳(かこちょう)
「方丈さん、今日はお祖父ちゃんの三回忌、ありがとう」
「太郎くん、今日は、行儀良かったな。じっとしているの、大変だったろう」
「ううん、だいじょうぶ。お祖父ちゃんのためだから」
「太郎くん、これ太郎くんの家の過去帳だけど、この過去帳って、何だかわかるかい?」
「あ、これ、いつもお祖母ちゃんが広げているやつだね。お祖父ちゃんの名前が書いてあるんでしょ」
「うん、そうそう。でもね、お祖父ちゃんの名前だけじゃないんだぞ。よく見てごらん。これが今日のところ、お祖父ちゃんの他にも、もうひとり書いてあるだろう」
「あ、ほんとだ、これ誰なの?」
「これはね、お祖父ちゃんのお祖父ちゃん。太郎くんのひいひいお祖父ちゃんだ」
「ひいひいお祖父ちゃん?」
「ほらごらん。お祖父ちゃんが亡くなったの6年前、ひいひいお祖父ちゃんが無くなったのは、昭和25年。生まれたのは明治だな」
「お祖父ちゃんとひいひいお祖父ちゃんは、同じ日に亡くなったの?」
「同じ日と言っても、月は違うな。お祖父ちゃんは10月、ひいひいお祖父ちゃんは3月だ。今日は19日だけど、何月の19日に無くなっても、このページに書くんだよ。だから、お祖父ちゃんとひいひいお祖父ちゃんが一緒のところなんだ」
「へ~」
「お祖母ちゃんがお仏壇で、毎朝、お参りしているだろう。その時、その日のページを開いて、その日に亡くなった人のご供養をしているんだよ」
「そうなんだ、いつもお祖父ちゃんにお参りしているんだと思った」
「もちろんお祖母ちゃんは、いつだって、お祖父ちゃんのご供養が一番さ。でも、毎日、1ページずつめくって、その日に亡くなったご先祖さまのこともご供養しているんだよ」
「ふ~ん」
「ほらごらん。他のページにも、いろんな人の名前が書いてあるだろう」
「うん。でもさ、この漢字ばっかりの長いのも名前なの?」
「ああ、これは戒名だな。太郎くんにはちょっと難しいかもしれないけど、亡くなった人には、みんなこの戒名をつけるんだよ」 「かいみょ~?」
「お釈迦さまの弟子になった名前なんだ」
「おしゃかさまのでし?」
「ちょっと難しいかな。う~ん。いわば仏さまとしての名前だな。人は亡くなったら、みんな仏さまになるんだよ。だから人間の時の名前と別に仏さまの名前をつけるんだよ」
「仏さまになるの? お祖父ちゃんも?」
「そうそう、お祖父ちゃんも。太郎くんも、だいぶ先だけど、亡くなったら仏さまになるんだよ」
「僕も仏さまになるの?」
「そう。仏さまになって、安らかな気持ちになれるよ」
「そうなんだ」
「それからね、ここに書いてあるご先祖さまがね、誰か一人でもいなかったら、太郎くんはここにいないんだよ」
「え~、確かにそうだね。すごいや」
「会ったことないんだけど、みんな太郎くんとつながっているんだよ。そして、みんな、太郎くんが、元気に、健やかに成長することを、あの世で祈ってくれているはずなんだ」
「みんな?」
「そうさ、みんなさ。子どもの幸せを祈らない親はいないように、孫の幸せ、ひ孫の幸せ、子孫の幸せを祈らない先祖はいないんだよ。ありがたいだろう」
「うん。なんか、ありがたい!」
「だから、太郎くんも、ご先祖さま、みんなの幸せを祈らなきゃね」
「うん! 会ったことないけど、幸せでいてほしい」
「そうだよ、そういうもんなんだ。太郎くんが大人になったらね。お祖母ちゃんがやっていることを、太郎くんがやらなくちゃね。だから、たまには、お祖母ちゃんとお仏壇にお参りするといいよ。まずは、お祖父ちゃんに手を合わせることからね」
「うん、わかったよ。方丈さん」
「えらいなあ、太郎くんは。また遊びに来なさい」
「うん、ありがとう」
「それじゃあな。またな」