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寿老人墨画(じゅろうじんぼくが)

画像提供:東京国立博物館

「方丈さん、今日はやっぱり七回忌をやって、よかったです。お祖父ちゃんも、こんなに親類が集まって喜んでいると思います」
「そうだなあ。最近は、親類を呼ぶと、負担をかけてしまい気を使うと言って、法事をやらない家が増えているけど、こんな時代だからこそ、たまには親類が集まって、故人のことを一緒に語り合うことが大切なんですよ。今日は、ほんとうにたくさん来ていただいて、よかったですね」
「ほんとうに、ありがとうございます。それから、いつも、太郎がお世話になっているみたいで、申しわけございません」
「いえいえ、いいんです。太郎くんが、ちょくちょくお寺に来てくれるのは、うちとしても嬉しいんですよ。昔は、お寺では、子ども達がいつも遊んでいましたからね。お父さんも、そうだったじゃないですか」
「そうでしたね。昔はよく遊びに来ましたよね」
「そうなの? お父さん。お父さんも、遊びに来ていたの?」
「そうだぞ、太郎くん。太郎くんのお父さんは、よくお寺で悪さをして、先代に怒られていたっけ」
「勘弁してくださいよ、方丈さん。昔のことなんだから」
「ははは、そうだな。悪いこと言っちゃったな」
「そうだったんだ、お父さん。大丈夫、僕は、お父さんみたいに悪いことしないから」
「まいったなあ、こりゃ一本とられたよ」
「ところで方丈さん、あの床の間にかざってある絵のお爺ちゃんは誰?」
「お爺ちゃん? ああ、あれは寿老人だよ」

七福神のひとり

「じゅろーじん?」
「そうそう。太郎くんは七福神って知っているかい?」
「七福神? 知ってるよ」
「七福神の神さまの名前、全部、言えるかな?」
「大黒さんでしょ、恵比寿さんでしょ、弁天さん、ううん、後は何だっけ?」
「三人言えるだけでも、たいしたもんだ。後は、毘沙門天さん、布袋さん、福禄寿さん、そして寿老人だ」
「そっか、このお爺ちゃん、七福神のひとりなんだ!」
「そうそう、七福神のひとり」
「七福神て、神さまなんだよね」
「そうそう、七福神への信仰は、室町時代くらいに始まったらしいんだよ。恵比寿さん、大黒さん、弁天さん、毘沙門天さんは、もともと、インドの神さまだったんだ。それが、仏教に取り入れられて、日本まで来たんだよ」
「へ~、インドから来たんだ。すごいね。他の神さまは?」
「布袋さんは、中国のお坊さんなんだよ」

南極老人星(カノープス)

「布袋さんは、中国人なんだ」
「そうそう。そして、福禄寿と寿老人は、中国の道教の神さまだったんだけど、それが仏教に取り入れられたんだよ」
「中国の神さまだったんだ。すごいね、インターナショナルだね」
「そうそう、それからこの寿老人は、南極老人星(カノープス)という星の化身だと言われているんだ」
「南極老人星?」
「日本ではあんまり見えないから、あまり知られていないけどね、南の空の低いところに見えるはずなんだけど、低すぎて見えないんだよ。沖縄くらいまで行けば、よく見えるんだよ。シリウスという星が、一番明るい星なんだけど、この南極老人星は、ほんとうは二番目に明るい星なんだ」
「そうなんだ」
「この絵の通り、長い頭と、ヒゲが特徴の神さまなんだ。寿老人という名前の通り、長寿の神さまなんだよ」

富岡鐵齋(とみおかてっさい)

「長生きの神さま?」
「そうそう。それからね、この墨画を書いたのはね、富岡鐵齋という人で、有名な文人画家なんだ」
「ぶんじんがか?」
「まあ、学者で絵描き、と言ったらいいかな。学者と言っても、儒学と言って、日本の道徳規範の基礎となる学問のことなんだ」
「なんか、むずかしいことをした人なんだね」
「ごめんごめん、ちょっと太郎くんには難しかったかな。まあ、学者であって、道徳の先生であって、そして画家だった、ということだよ」
「いつ頃の人なの?」
「明治から大正にかけての人だよ。人によってはね、セザンヌ、ゴヤと並んで19世紀の世界三大作家と言う人もいるくらいなんだ」
「世界三大?、すごいや」
「太郎くんも、この寿老人に手を合わせておくと、長生きできるぞ」
「じゃあ、お祖母ちゃんと一緒に手を合わせよっと」
「そりゃ、いいや。太郎くん、偉いなあ」
「じゃあ、お祖母ちゃん、呼んでくるね。方丈さん、ありがとう」
「よしよし、きっとお祖父ちゃんも、喜んでいるぞ」

寶泉寺の宝物:寿老人墨画

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