木魚(もくぎょ)
「太郎くん、今日はよく来たね」
「方丈さん、ありがとうございます。お祖父ちゃんのためにお経読んでもらって。お父さんが『いいお経だった』って言っていたよ」
「そうかそうか、それは嬉しいな。お祖父ちゃんが亡くなって、もう六年たったんだなあ。今日の七回忌で一区切りだな」 「うん、最近はお祖母ちゃんも元気だし」
「そうか、それはいい、それはいい」
木魚は魚の形
「方丈さん、さっき、方丈さんがたたいていた、ポクポクって鳴るやつ、面白いかたちをしているね」
「ああ、木魚かい。ちょっとこっちに来なさい。よく見てごらん。これは魚の形をしているんだよ」
「おさかな~? これが~?」
「ちょっと、わかりにくいかな」
「でも、ウロコみたいのあるね。これって、太鼓とか、ドラムみたいなもの?」
「そうだな、お経を読む時に、これが無いと、ちょっとやりづらいかな」
「ふ~ん」
「この木魚なんだけどな、ポクポク鳴らしているのを聞いていると眠くなるという人が多いんだけど、もともとは眠気覚ましだったという説もあるんだよ」
「え~、そうなんだ。僕も、ポクポクを聞いていると、気持ちよくなってくるなあ」
「お坊さんが修行をしている時、眠くなってくるので、木魚を叩いて眠気を飛ばしていたというんだ」
「へえ~、お坊さん、修行中なのに眠くなっちゃうの?」
「まいったなあ。お坊さんも人だからな。ほんとうはいけないんだけどな。眠くなってしまう人もいるのはしょうがないだろう。でもな、これを叩いていると、集中力も高まるし、眠くはならないな」
「そうなんだあ」
魚は二十四時間目を閉じない
「もともとは、魚板といって、こういった丸いかたちじゃなくて、ほんとうに魚の形をした板だったんだよ。魚はね、二十四時間、目を閉じないから、これを叩くと、眠らなくなると信じていたのかもしれないな」
「魚って、眠らないの?」
「そうらしいぞ。太郎くんも、木魚たたけば、眠らないようになるぞ」
「うん、いいや。眠るの好きだし、もっと寝たいし」
「この木魚な。これをつくるのは、けっこうたいへんなんだぞ。何しろ、この中の空洞を、ノミでくりぬくんだからな。手間もかかるし、技術もたいへんなものなんだよ。安い中国製もあるけど、日本国内では、愛知県の一宮のあたりだけでしかつくってないんだ」
「そうなんだ。ノミでくりぬくって、すごいね。中はこんなに広がっているんだから」
「太郎くん、ちょっと叩いてみるかい?」
「いいの?」
「今日は、特別だぞ」
「ありがとう!」
「こうやってな、このバチみたいのは『バイ』って言うんだぞ。このバイでな、ここいらへんを叩いてごらん」
「うん、(ポクポクポク・・・・・・・・・)、わ~、僕でもちゃんと音が出るね」
「いい音だな、気持ちいいかい?」
「うん、気持ちいい」
「そうか、よかった、よかった」
「ありがとう、方丈さん、楽しかった」
「よかったな。じゃあ、帰る前に、仏さまに手をあわせて帰りなさい」
「は~い」
「じゃあね、気をつけてな」
「うん、ありがとう」