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閻魔大祭(えんまたいさい)

画像(杜子春)提供:東京国立博物館

恐い顔の閻魔さま

「方丈さん、今日も聞きたいことがあって、来たんだ」
「なんだい、太郎くん。いつも勉強熱心だね」
「そうじゃないんだ。この間、四十九日について教えてもらった時、閻魔さまのお話しを聞いたでしょ。それが恐くて、時々、夜、布団の中で、思い出しちゃうんだ」
「そうか、それは申し訳なかったなあ。閻魔さまって、恐いだけじゃないだよ。閻魔さまはね、地蔵菩薩の化身だとも言われていて、人々に救いをほどこすお方でもあるんだよ」
「でも、あんな恐い顔をしているじゃない」
「確かに、顔は恐いな。でも、ほんとうは優しいお方なんだよ。地獄に堕ちなければならないような人でも、こっちの世界で私たちが供養をすれば、助けてくださるだから。閻魔さまも、ほんとうは地獄へ人を送りたくないんだ。1月16日と8月16日に、ここのお寺で閻魔さまのお祭りをするのを知っているかい」

閻魔さまのお祭り

「え!そうなの?」
「閻魔大祭と言ってな、あそこに閻魔堂があるだろう。あそこでやるんだよ」
「なんで、閻魔さまのお祭りなんかやるの?」
「閻魔さまとな、閻魔堂の隣の金比羅堂に祀られている金比羅さまの、ご加護をいただくお祭りなんだよ。その日にはね、閻魔堂と金比羅堂にある念珠を回しながら、手を合わせるんだよ。閻魔堂の念珠には珠が54個、金比羅堂の念珠にも珠が54個あってな、両方あわせて108個だろ。この念珠をゆっくり回しながら手を合わせるとな、人間を悩ます108個の煩悩を払ってくださるんだ」
「煩悩って?」
「そうだな。生きていると、いろんな欲があるだろ。あれが欲しいとか、これはいやだとか。そういった欲にとらわれることを煩悩っていうんだ。人の苦しみはな、ほとんどがこの煩悩が原因なんだ」
「そうなの?よくわからないけど」
「ごめんごめん、ちょっと難しかったな。欲しいものが、どうしても手に入らなかったらつらいだろ。もともとそんなものが欲しくなければ、つらいことも無いっていうことだよ。だからな、閻魔さまはな、そういった煩悩を無くしてくださって、この世の人を救ってくださろうとしているんだよ。あんな恐い顔をして、けっこう優しいお方なんだよ。あの顔も、人間たちが悪いことをして地獄に堕ちたらかわいそうだから、心を鬼にして恐い顔をしているだから」
「そうかあ、お母さんが、時々恐い顔をするのといっしょなんだね」
「ダメだぞ、そんなこと言っちゃあ。お母さんに悪いだろ」
「へへっ!」

杜子春(とししゅん)の話

「太郎くん、ところで、芥川龍之介って読んだことはあるかい?」
「うん、教科書で『蜘蛛の糸』を読んだよ」
「そうかい。芥川龍之介には『杜子春(とししゅん)』って小説もあるんだけど、知ってる?」
「それは知らな~い」
「杜子春という中国の青年のお話なんだけど、そこに閻魔さまが出てくるんだ」
「どんなお話?」
「唐の時代にね、杜子春という貧しい若者がいたんだよ。ある日杜子春が、洛陽という街の門の前でぼんやり空を見ていると、仙人があらわれて、『お前の影の頭のところを掘ってみなさい。たくさんの黄金が埋まっているはずだ』と言われたので、掘ってみたら、ほんとうにたくさんの黄金が埋まっていたんだ。杜子春は、それで大金持ちになったんだけど、贅沢三昧をしていたので、いつしか一文無しになってしまったんだ。
 そんな時、その仙人が再び現れたので、今度は『俺は仙人になりたい。弟子にしてくれ』と頼んだのだとさ。仙人は『わかった。お前を仙人にしてやろう』と言って、峨眉山(がびさん)という山に連れて行ったのだよ。そして『ここでしばらく待っていろ。恐ろしい魔性があらわれるけど、お前は口をきいてはいけない。声を出したら、仙人にはなれないぞ』と言って、どこかにいってしまったんだ。
 杜子春の前には、虎やら蛇やら恐ろしい者たちが現れ襲おうとするのだけど、仙人の言いつけを守って、声を出さなかったのさ。すると今度は、雷の音とともに、恐ろしい神将が現れて、杜子春を刺し殺してしまったのだよ。杜子春は、刺し殺されようとする瞬間も、仙人の言葉を守って、ひと言も声を出さなかったのさ。
 それで地獄に堕ちてしまった杜子春の前に現れたのが、閻魔大王だったのさ。それで閻魔さまが、いろいろ聞いても、まだ杜子春はひと言も答えないのだよ。どうにか話をさせようとした閻魔さまは、いろいろ責め立てたのだけど、杜子春は黙ったまま。すると閻魔さまは、二頭の獣(けもの)を杜子春の前に引き立ててきたんだ。実は、その獣は、畜生道に堕ちた杜子春の両親だったんだよ。それがわかった杜子春は、おもわず『お母さん』と声を出してしまったんだ。
 その瞬間、杜子春は気を失ったのだけど、我に返ってふと顔をあげると、洛陽の門の前に戻っていたんだ。仙人が『どうだ、もう仙人になるのはあきらめたか?』と言うと、『私はとても仙人にはなれません。でも、それで良かった気がします』と答えたんだよ。そして『これからは、普通の人間らしい正直な暮らしをしていきます』と言った、そういう話さ」
「ふー、ドキドキした」

私たちを見守ってくれる閻魔さま

「杜子春の体験したことは、夢なのかほんとうなのかはわからないけど、お金持ちになるとか、仙人になるとかより、大切なものがあるということなんだ。お金持ちになるとか、出世するとか、そういうことは、さっき言った煩悩ってやつだな。その煩悩なんかに惑わされて生きることこそが地獄だってことなんだ。閻魔さまは、我々にそういったことを教えてくれるのだよ」
「でもやっぱり、閻魔さまは恐いや」
「そうだな。でも、私たちを見守ってくれているってことを忘れてはいけないよ。いい行いをしていれば、必ず幸せにしてくれるのだからね」

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