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玄関(げんかん)2

 テレビや映画の時代劇で、江戸時代の町人の生活が描かれているものがありますが、そうした町人の家には玄関が無いことがあるのに、気付いた方はいるでしょうか?
 実は江戸時代の末期くらいまでには、平民の家には玄関というものはありませんでした。
 もちろん家には出入口がありましたが、それは縁側のような形式のもので、戸を開けたら、すぐに部屋があるといったものでした。
 当時、玄関は、武士の家や寺院にあったくらいで、一般的なものではなかったのです。
 玄関というものは、その役割として、単なる出入口ではなく、来客者との社交の場という役割があります。玄関という、家と外部の交わる場所が、来客者と交流する場だったのです。
 特に江戸時代の武士は、戦の無い時代に生きていたため、それ以前の武士と異なり、社交というものを重要視するようになってきました。その中で、来訪者を迎える場所としての玄関が無くてはならぬものだったのです。自分を訪ねてきた人を恭しく迎えるということが、相手に対する礼儀でもあったのです。
 これはお寺も同様です。お寺には、檀家さんを始め、様々な来訪者があります。そうした方々を、きちんとお迎えするという意味で、玄関が重用されたのです。
 そもそも「玄関」という言葉は、仏教の言葉です。
 広辞苑を見ますと、「玄関」の項には、次のような内容が書いてあります。

1 イ 玄妙な道に入る関門。
  ロ 禅学に入る端緒。
  ハ 禅寺の客殿に入る門。
2 寺の書院の昇降口。堂上方の車寄せ。武家の居宅で、正面入口の式台のある所。
3 転じて、普通の人家に儲けられた表上り口。

 つまり、もともとは「玄妙な道に入る関門」という意味だったのです。
 玄妙な道というのは、悟りを開くための道、つまり玄関は、悟りの道に入る入口、ということだったのです。それが、お寺の入が、悟りの道に入る入口と考えられることから、お寺の入口を玄関と称するようになったわけです。
 私たちの家の玄関はお寺の玄関とは異なりますが、時々このことを思いだしていただき、悟りへの道を少しでも進めるよう、心を安らかに静めていくきっかけにしていただければと思います。

仏教ものしり講座:玄関(げんかん)1

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